余 yoteki 滴(3月29日)

四旬節黙想

「小さなパン菓子」(列王記上17章13節)

図案は、AD6世紀頃の、パンのための型(スタンプ)。ビザンチン時代の北シリアから出土した(『海のシルクロード「古代シリア文明展」』の図録から)。大きさは約6.5cm。中央に木を描き、左右に有角の動物を配し、周囲には花をつけた樹木と鳥とを描いている。
パンに型押しする、というのであれば、そのパンは「種入れぬパン」ということになろう。

「除酵祭」の規定では、「あなたたちは七日の間、酵母を入れないパンを食べる」(民数記28章17節)とある。
民数記6章の「ナジル人」の規定の中にも出てくる。「ナジル人」が満願の献げ物をする時には、雄羊、雌羊と共に、「酵母を使わずに、オリーブ油を混ぜて焼いた上等の小麦粉の輪型のパンと、オリーブ油を塗った、酵母を入れない薄焼きパンとを入れた籠を」献げるとある(6章13節以下)。

さらに、王妃イゼベルとの殺戮戦に巻き込まれたエリヤには、「焼き石で焼いたパン菓子」が用意される(列王記上19章)。ホレブの山への逃避行の最中、えにしだの木の下で眠ってしまうエリヤのもとに、御使いが来て、「起きて食べよ」と言う。そして、手早く焼かれた「パン菓子」の香ばしさが、エリヤを力づける。

時間は前後するが、飢饉と旱魃の時に、エリヤはサレプタの女主人の元に神さまによって預けられる。その際エリヤが求めるのも、焼いた「小さいパン菓子」(列王記上17:13)。この「小さいパン菓子」は、わずかにつぼの中に残った「一握りの小麦粉」で作られる(17:12)。

さて,上掲のパンのための型(スタンプ)も、やはり小さな「パン菓子」を作るための型(スタンプ)だったのであろう。それは、町の駄菓子屋の店先で、子供たちを喜ばす「パン菓子」だったのかも知れない。或いは、町一番の老舗の看板商品のための型(スタンプ)だったのかも知れない。いずれにしても、この小さな、パンのための型(スタンプ)は、サレプタのあの家で、「彼女の家族は久しく食べた」(列王記17:15〈口語訳〉)と記されている出来事の、御使いに「起きて食べよ」と言われた出来事の、文化的余韻の中に深くある。

パンは、与えられるものであると同時に差し出すもの。
エリヤに御使いが、そしてサレプタの女主人が、与えるものであるように。
そしてそれは、「ナジル人」の誓願が成就したことを寿ぐ者が、主の前に差し出すもの。この幾層にも、襞深く焼き込められた思い出と共に、「小さいパン菓子」は、その型(スタンプ)は、ある。
私たちが受け継いできた信仰のように。
(2012/3/25週報改)