余yoteki滴 

「天の軍勢」(ルカによる福音書2章13節)2017年12月31日

えー、昔はと申しますと、どこに行くのも自分で歩(あゆ)んで行くわけでして、イエスさまの時代も、歩(あゆ)むか、ろばに乗るかぐらいで。道中は難儀でございますな。野宿になることもしばしばです。ですので、宿に着きますと、これはもう、ほっと、いたしますな。

 

イハッチ   えー、お客さま。ようこそベツレヘムへ。この宿の番頭のイハッチでございます。宿帳をお書きいただきたいと思いまして。

コルネリオ  うむ、拙者はローマ帝国第十一軍団のコルネリオ大尉である。シリア属州のイタリア隊まで参る。あー、番頭。昨夜は、ま狭な宿でな、住民登録の夫婦連れやら巡礼客やらと一緒で、子どもが泣くやら、巡礼客がご詠歌を詠うわで、眠ることすら出来なんだ。今日は、どこでもよい、静かな一間(ひとま)を頼むぞ。

イハッチ   はい、コルネリオさま。私どもではごゆっくりお寛ぎいただけるものと存じます。

 

ところが、夜になりますと、隣の部屋の羊飼い達が大騒ぎをいたします。

 

羊飼い1   おい、昨日の話しをもう一度してみろよ。

羊飼い2   なんだよ、もう眠いのにまたあの話しか?

羊飼い3   ちゃんと起きていたのはお前だけなんだから、よーく聞かせてくれ。

羊飼い2   しかたがないな。ほれ、昨日の夜も、俺は羊達と一緒にいたわけよ。そうしたら、真夜中なのにすげーまぶしくってな。何だこりゃ、と目を開けたけれども、何にも見えない。暗いんじゃない。明るすぎて、何も見えないのよ。で、どうなっているんだ、と思っていると、まず、ごわーんと、

羊飼い3   鳴ったか?

羊飼い2   鳴った。おれの腹が。夕飯が早かったんだな。ま夜中には腹が減った。

羊飼い3   おまえの腹の虫の話しを聞いているんじゃねえやな。それからどうなった?

羊飼い2   見ていると、大天使ガブリエルがい出ましてな、そこな羊飼いめら、今宵、救い主、生まれまししぞ、とのたまわったな。

羊飼い3   ふむふむ。さすが大天使、擬古文調なわけだ。

羊飼い2   とだ、そこにたちまち天の大軍勢があらわれて、めでたや今宵、ちゃんちきちん。

羊飼い1   どんな様子だ?

羊飼い2   そらおまえ、こんなんなって、どかちゃか、あんなになってかっぽれさー

コルネリオ  イターチー!

イハッチ   はい、お呼びでございますか。

コルネリオ  イタチ!

イハッチ   イタチではございませんで。イハッチでございます。

コルネリオ  さようであったな。イタチ。最前、それがし貴様になんと申した。昨夜はま狭な宿でろくろく眠れなかったゆえ、今宵はゆるりと静かな部屋を、と申したな。

イハッチ   はい、さようで。

コルネリオ  ところが、何だ、あの騒ぎは。うるさくてかなわん、部屋替えをいたせ!

イハッチ   はい、コルネリオさま、ただいま、ただいま静めて参ります。どうぞご安心を。

 

イハッチさん、すぐさまお隣に参りまして、

 

イハッチ   エー、申し訳ありません。もう少しお静かに。あの、みなさん、

羊飼い3   天の軍勢、どかちゃかどかちゃか

羊飼い1   笛ふけ、太鼓もずんばらずったか

羊飼い2   天使も天の軍勢も、あらよっとこさー  はい?

イハッチ   あの、もう少しお静かに。

羊飼い1   なんで?

イハッチ   あの、お隣様がちとうるさいと…。

羊飼い3   いいじゃないか。陽気に騒いでいるんだ、文句あるか?

イハッチ   私(わたくし)めはいっこうに。ただ、そのお隣様が、あのローマの

羊飼い2   ローマの何だよ?

イハッチ   ですから、ローマのこれで。(と、右手で剣の柄をつかむ仕草)

羊飼い2   これって何だ? えっ、両(りゃん)こ、さむれー? 軍人? 将校? それを先に言えってんだ。判ったよ。静かにするって。

コルネリオ  いや、待て。それがし、隣室に泊まりおるコルネリオ大尉である。貴様ら、この天下太平な、パックス・ロマーナと言われる、かしこくも皇帝アウグストゥス様の御代に、

羊飼い1   あの、だんな、紙幅がねーんでさぁ。話しがなげーんで、何をおっしゃりたいんで?

コルネリオ  むむ、つまりこの泰平の世に他の国の軍勢がやって来た、と、貴様らそう申すのだな?

羊飼い2   へえ、その通りで。

コルネリオ  いや、聞き捨てならぬ。我がローマ帝国の主権を蹂躙する天の軍勢とやらは、いったいどうやって侵入したと申すのだ?

羊飼い2   そうおっしゃっても突然だったので。

コルネリオ  でも見ておったのだろう? どうであったのだ

羊飼い2   いやぁ、天からだったので、あっしにはどこから来たのか、“てん”で判りませんでした。

 

お後がよろしいようで。

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