余yoteki滴 四旬節黙想(2)

「あなたは獣をも救われる」(詩 36 篇 7 節)

 

3月18日のローズンゲンから。

 

詩人は見ている、というよりも、囲まれている、と言うべきだろうか。

床の上で悪事を謀り

常にその身を不正な道に置き

悪を避けようとしない(5節)

人たちに。

詩人は、そのように生きる人たちの「生きやすさ」を知っている。

モラルとか倫理とかに従うことをしない生き方の安易さを知っている。

でも、そしてそれは、「不正な道」を歩むことだということも。

 

で、詩人は、ひとり空を見上げる。

謀議の席、不正な、偽りにみちた密議がなされている席を抜け出して、空をあおぐ。夕であろうか。それとも、朝であろうか。

詩人は、

主よ、あなたの慈しみは天に

あなたの真実は大空に満ちている(6節)

とうたう。

謀略を巡らす席で、顔を寄せあい、低い声で、高く視ることなく、自分の利益のみを計算し、都合の良いことだけをささやき、下へ下へと降って行くだけの思考を振り払うように、詩人は空を見上げる。

 

そして「虚」でしかない、「無」でしかない大空に、神の真実が満ちているのを知る。

詩人は、地の底に隠れて密議しようと、

恵みの御業は神の山々のよう

あなたの裁きは大いなる深淵(7節)

である以上、神からは逃れ得ないのだということを深く思う。

詩人は、今や自分の心が、エデンの園で木陰に隠れる「人」のように、神が歩むのを聞いて畏れて逃げ出す「獣」のようであると知る。

 

その上で詩人は、

主よ、あなたは人をも獣をも救われる

と覚悟する。

神の慈しみと真実とが大空に満ちている以上、いつでも主が私をご覧になっておられるのを、私は知らなければならない。詩人はそう悟る。

策略の間(ま)に座っていても、奥深い一部屋で利権を操っていても、神が見ておられない、ということはないのだ、と知る。

そして神は、そのことを深く思う私の、獣の心さえも救われるのだ、と詩人は悟る。

では、私は…。

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