余yoteki滴

「あなたがたは、キリストにおいて満たされているのです。

キリストはすべての支配や権威の頭です」

(コロサイの信徒への手紙2章10節)(その2)

 

この聖句を一年間かかげて、伊勢原教会は、2018年度をはじめます(3/18の総会で年間聖句として決議。なお、年間標語は、「主こそが私たちの信頼の源泉(みなもと) - 神とともに。喜びのうちに -」)。

2018年度、伊勢原教会は「厳しい」出発をします。現住陪餐会員は、80名を割り込みました。高齢化の波は教会を飲み込もうとしています。日本キリスト教団がゆっくりと長期低落傾向を続けて来たのと同じように、伊勢原教会もまた、困難な右肩下がりの時代を歩もうとしています。予算規模も、年々縮小しています。教会の「実力」というものを示す数字は、おしなべて小さくなってきています。では、それらの事実は、教会が「衰退」している、ということを現している、ということでしょうか。もちろん、教会の現実は「厳しい」です。☆

日本の教会は、何度も「衰退期」を経験してきました。明治20年代以降の国粋化の時代、第二次世界大戦後のキリスト教ブームが去った時代、70年代の「万博・東神大問題」で大きく揺れ疲弊した時代を歩みました。いつの時代も、今までにない危機でした。もちろん解散し、消滅した教会も多くあります。合併し福音の証しを続ける道を選んだ教会も、幾つもあります。分裂し、別々の道を歩む選択へと至った教会もあります。

では、衰退し、危機にある教会は、何をしたらいいのでしょうか。新しい人を教会に誘う、イベントを打って集客する、広告を出す、どれも打つべき手なのかも知れません。でも、それらは教勢を回復させる一時的なカンフル剤にはなるでしょうけれども、永続的な打開策とはならない、と思われるのです。例えば、「ひとりがひとりを誘う」というフレーズを掲げたとしても、たぶん、礼拝出席の増加は、目に見えるほどではないと思います。むしろ、“誘わなければいけない”という呪縛が、教会員を縛ってしまう、そのような悪影響の方が大きいかも知れません。

パウロがシラスと共にフィリピで投獄されていた時、彼らは、ただ、「真夜中ごろ、…賛美の歌をうたって神に祈って」いました(使徒言行録16:25)。パウロたちには、この時、一緒に牢にいる人たちに福音を告げ知らせよう、という積極的な意図はなかったのです。むしろ、パウロとシラスは、困難の只中にあって、全てのことを主にゆだね、主の栄光を讃美することだけを目的として歌い、祈っていました。周りの日人々の為ではなく、もちろん、自分たちの為であるわけもなく、ただひたすら、神の栄光と恵みに感謝をして、歌い、祈っていました。だから、その神への讃美の純粋さのゆえに、「ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた」(同節)のでした。

ルカはその時「突然、大地震が起こり、…たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった」(26節)、と記します。本当に真心から神の栄光を歌う時、その祈りを主は無になさらない、とルカは記すのです。

私たちは、ここで伝道の不思議さとでもいうものを視ることになります。というのは、この時、パウロたちの有りようを、見て、洗礼を受けたのは、静かにパウロたちの歌と祈りに「聞き入っていた」囚人たちではないのです。「聞き入っていた」囚人たちではなかったのです。むしろ、パウロの祈りと讃美を聞かずに寝入っていて、地震が起こってはじめて「目を覚ました」(27節)看守とその家族でした(33節)。看守が救いへと入れられて行くのです。実に神さまのご計画は不思議です。

実に神さまのご計画は、私たちには悟り得ないものです。パウロたちは「聞き入って」もらう為に祈り、歌っていたのではありません。パウロたちは、聞こうとしない看守の救われることを、もちろん願っていないわけではないと思いますが、でも、第一として、いたわけではないと、そのように言うことができると思うのです。そして、そのような一思いを超えて、神さまの御旨はなるのだ、と使徒言行録は語ります。そのような神さまにのみ信頼する旅が、教会の旅なのだと。

私たちが、この「厳しさ」の中で、いえ、「厳しさ」の中であるからこそ、神さまに信頼して旅し続けるという信仰の本質を深く思って行くことができるとすれば、その時、この「厳しい」時こそが、深い主の恵みと時であると知り得るのだと、思うのです。

(2018年4月1日の「週報」に記載)

 

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